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2013年9月19日 (木)

ドギツさについて

天体写真でドギツいと言う評を見る事がありますが、あの形容には一部錯覚が含まれます。

ドギツい状態とは、露出や空の暗さ起因等で素材が持つ階調情報が不十分であるに関わらず
、無闇に鮮やかな発色や高いコントラストを狙い、結果色やコントラストの階調性が失われ
ている状態を指します。見るからにズタズタに階調が荒れている極端な例はともかく、錯覚
しやすいのは、そのズタズタやザラザラが見えない又は見にくい場合。
鑑賞者はノイズリダクションされた画像を見て潜在的にこう感じます。
「ズタズタでもザラザラでもないけど、うーん。何か異和感を感じる。それはきっとドギツ
いからだろう。」
この安直な評は錯覚の元です。
鮮やか・高コントラストという状態は写真にとって、決して悪ではないのです。
控え目の処理に留めるのは、いわば自らの素材の乏しさに気付けた人が講じる妥協の産物な
のです。
真っ青な空、真っ赤なバラの花びら。
デジタル一眼レフでこれらを撮影した場合、不自然なドギツイ写真になるでしょうか。
いえ、そんなことはないでしょう。
いずれも普通に色飽和さえなく写せば、全くドギツさを感じないはずです。
寧ろ、その空やバラの写真は極めて高彩度・硬調で美しいはず。
これが何よりの証拠となります。
要するに、情報量さえあれば、いかにビビッドやハイコントラストであれ美しいのですよね。
星雲の色が真っ赤だから良くない、という安直なものでは決してないはずです。

なので、高彩度・高コントラストを無闇に批評するのではなく、そう感じるに至った要因の
本質を見抜くべきだと感じます。でないと、赤が悪で薄い朱色が善!みたいな変な公式が身
についてしまいそうです。
露出不十分や空の明るさ云々によって薄い色・低いコントラストで妥協せざるを得なかっ
た乏しい自分の素材を、寧ろ反省し策を講じるべきだと思います。
ただ、階調情報の繊細さを無視して彩度・コントラストUPばかりを目論むのは、これは確
かにドギツいと言われても反論出来ません。
「やりたい事は分かるし、世界観を否定はしません。けど、だったらもっと露出しなきゃ。」
ということですね。

それが全てとは言いませんが、やっぱり写真は階調ありきなんでしょう。

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コメント

なんか、身に摘まされる内容です!

気を付けないといけませんね。
sun

投稿: ビスタ | 2013年10月 5日 (土) 13時03分

ビスタさん、コメントありがとうございます。
ビスタさんは画像処理も撮影も上手で、こだわりもありますし全くそんな気がしないです!
ビスタさんが気をつけるなら、僕ももっと気をつけます(笑)

投稿: よっちゃん | 2013年10月 6日 (日) 21時34分

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