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2013年6月28日 (金)

僕にとってブログの位置付けとは

その昔、文通やメーリングリストから始まった天体写真愛好家の交流。
これが今はHP画像掲示板などを皮切りに、個人のブログやツイッター・Facebookなど、
インターネットの普及に伴い、より個人レベルでの「店開き」が可能となりました。

ここ「星の牧場2」および、旧「星の牧場」は、ほぼ混じり気のない天体写真ブログ。
天体写真の作品画像はもちろん、技術情報や考え方を発信する個人のサイトです。
嫁や手の放せない小さな子供が2人いる家庭環境もあり、発信することには力を置けども
所謂交流という部分にはあまり重きを置いていない…というか、そういうスタイルでないと
対応に追われ発信すらままなりません。
多すぎるコメントの返信に嫌気が差し、新たな着想が沸いてもすぐそれを発信出来ない
(しづらい=コメ返していないから)ストレスが、結果として僕をネットから遠ざけてしまう
ようなのです。
なので、ちょっと前に僕はブログ本文で皆に爆弾的な発言をしました。
「年賀状の交換でもあるまいし、上っ面だけのコメントするな。たとえ毒を吐いてでも真実を
語れ」と。
人から嫌われたくない、と強く願う人は決してこういう発言はしないでしょう。
でも、僕の天体写真にとってはそれが真実なんです。

発信することで、誰かの褒め言葉等コメントを期待するわけでもない。
かといって発信する情報のクオリティ(画像・技術情報)には手抜きをしたくない性格。
「これを発信すれば、マニアはきっと喜ぶだろう。」
という着想を得た際に、僕はブログの更新をします。
人に媚びることもなく、かと言ってあれはダメだと斜に構えているわけでもないです。
また、憂さ晴らしのためにここを利用しているわけでもないです。
出来るだけ良い画像、良い情報をここで発信したい、という意識だけは負けないつもりです。

元旦に僕が言った言葉、「天体写真の真実を見る。語る。」

今まで10年近く天体写真のWEBサイトの交流を見続けていて抱いてきたことは、
「結局みな、真実となると目をそむけお茶を濁してしまう。核心に迫ることを避ける。」
ということ。
初心者がある一定レベルにまで上達するツールや情報はいくらでも落ちていますが、
その上となると、なかなか探しても入手出来ないのが実情です。

また、それぞれが個々に店開きしているというのも錯覚に陥る原因。
誰からもコメントが来なくなる、という不安。
コメントがないとイヤだから、色々な人の記事に当たり障りのない感想をキータイプする。
作品を公開して誰も評価してくれなかったら寂しいから、そのときばかりはネット巡回する。

そんなことはどうでもイイのです。
なぜなら、僕は作品の放つ輝きの力を信じているから。
写真の持つ力を信じているから。
誰かの評がなかったからもうイヤだ、とか、そんな浅はかな事は絶対思わない。
むしろ、超傑作でコメントが全くの0であった方が、こりゃネット世界は滑稽で面白いわと
すら感じる。
「プライド勝負のフォトコン界なんて、しょせん人にダンマリさせてナンボだ。」
とも談笑しているぐらい。
そう、コメントや感想があろうがなかろうが、傑作は多くの人をひきつけます。

そこで何を言おうが、何を言われようが、言われまいが、
傑作というのは、作者の手から離れ独り歩きするもんだと信じています。
たとえケチを付けられようが、ねたまれようが、ダンマリだろうが、人間同士のしがらみが
あろうが、そういうつまらないファクターは全て吹っ飛ばす力を秘めています。
良作を得る努力をし、それを発信する。
天文屋のコアなハートをひきつけるには、これ以外の近道はないでしょう。
どれだけうわべの言葉で媚びたところで、年賀状はゲット出来ても、コアな彼らのハートは
ゲット出来ません。

もし、何か問題にぶつかりそれを乗り越えようと本気でもがいているなら、コメントくれるの
をただ待ちわびるのではなく、たまには自分の店から飛び出して他の店に尋ねに行けばいい
んです。
「壁にぶち当たっても、自分の店に何か仕掛けとけば、誰かがヘルプしてくれるだろう。」
程度に安易に構えてても、年賀状のようなものは届いても真実は得られないことが殆どで
す。俺なんて、「教えて欲しい!」と頭下げても、体良くはぐらかされて、何も教えてもらえなか
ったんだから。文句を言うなら、そういうヒトにこそ言って欲しい。
それと比べると…
「(あなたの意思で)我が家に来て天体写真を教えて欲しい…」なんて、都合良過ぎる。

優れた作品には、その人が誰であれ何であれ、ブログ内に傑作ボタンがあれば押すように
最近はつとめています。僕はこの世界で、良くも悪くも正直でありたいのです。
僕はブログではこういった毒もはきますが、本当に良いものには良いと言えるタイプです。
良いものにすら「この人はウチらの団体ではないから…」と意固地なバイアスをかけてしか
評せない天体写真の趣味なんて、もうやめちまえって思う。

僕はこの趣味において、良い作品には媚びても、人には媚びないつもりです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

全く同感です。

投稿: ベランダGPD | 2013年6月28日 (金) 07時18分

>毒を吐いてでも真実を語れ
響く言葉です。言うも言われるも私にとっての理想がそれ。
しかし、他者にそれを求めることは、ブログ上では非常に難しいことなんでしょうね。
生の批評が聞き出せる時に頂いた言葉を咀嚼して、地道に歩んでいる現状です。

投稿: saci | 2013年6月28日 (金) 15時45分

おっと、書き忘れた。
良い内容の記事ありがとう!

投稿: saci | 2013年6月28日 (金) 15時47分

初めてコメントします。時々kiriさんから、よっちゃんさんのことは伺っています。
最近自分も思っていることを書いてくれましたねという意味で意思表示したいと思います。
私は見たいという人意外には見てもらう必要がないと思うので、基本的に閉鎖ブログにしています。
お金をとっているわけでないので、返事をする義務もないではないですか?

投稿: やね | 2013年6月29日 (土) 11時26分

ベランダGPDさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
同感頂きありがとうございます。
こんな風に思うのは今や、僕だけかと思っていました。

投稿: よっちゃん | 2013年6月29日 (土) 22時55分

saciさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
saciさんの画像処理のスキルとセンスは、中部で星雲やっている中では
上位3位内ぐらいに入る程の腕だと僕は評価しています。
北アメリカの処理も、いわゆる処理の落ち度のようなものは一切感じません。
僕がやってもああいうイメージになると思います。
それより、ここ最近はカメラレンズでの作例が目立ちますがやっぱりそちらが良いのでしょうか?
フリンジや収差のある光学系で撮影している以上、どうしてもFSQなどの作例と比較すれば
するほど星の色あい等で物足りなくなってくると思います。
これは、画像処理では絶対にごまかしが利かない部分です。
色収差を強調したらおかしくなるし、逆に消してしまったら美しさという点で絶対FSQにかないません。
これら両者の良し悪しを見分ける力があるのは間違いないのだから、あとは現状の結果に満足
するかどうかということでしょう。FSQ、もっと使ってあげたらどうかなと思いますよ。
saciさんご自身が自分の作品に「何となくしっくりこない」というものがあるのだとしたら、
それは処理の技術でもセンスでもなく、単に光学系の差だと断言しますよ。saciさんのせいではないです。
安易にあきらめず、むしろスロットやその他の趣味と天体写真の共存を模索されてみるのも良いではないですか。
才能と熱意は十分あると思うので、天文離れはもったいないですよ。

投稿: よっちゃん | 2013年6月29日 (土) 23時05分

やねさん、初めましてこんばんは。
コメントとご訪問ありがとうございます。
やねさんのブログはよく拝見しておりました、最近はリンク先が変わったのでしょうか。
以前からそのセンスに注目していましたが、イプシロンを復活させてから一段と開花されたようですね。

僕のこんな記事に共感を頂き、ありがとうございます。
こんな風に思うのは僕だけか?という気もしながらの記事投稿でした。
誰か特定のヒトに向けて言っているというわけではないのですが、天文ブログ全体に何かそういったモヤモヤ
した印象を抱いてました。
もちろん交流することは良いことですし、天体画像に感想を言うことも良いとは思うのですが何でもかんでも
褒めちぎり過ぎているような気がするんですよね。画像貼る側も、見え透いた謙遜をし過ぎるように感じます。
いわゆるオトナの交流として「ウマいやり方」という感じでしょうか?悪く言えば、偽善がましいんですよね。
互いに率直さがなさ過ぎるので、肝心な部分がボヤけてしまうんですよね。
画像掲示板などを見ていても感じますね。
そこそこの作品には丁寧で温かいアドバイスや過剰な賛辞が多くつくのに、ある一定レベルを突き抜けた画像となると
沈黙されることが多いですよね。あれはまさに、訪問者の個々がプライドを持った表現者であることを実証しています。
集団心理って正直ですね。
なのでいつも僕はこう言ってるんです。
「屈託のない温かな賛辞コメントされているようでは、まだまだです」と。

同好の仲間内で賛辞をやりあっているところを外から見ていると、特にそういう気持ちが強くなりますね。
そんな雰囲気の中で作品の批評なんて、とても出来る空気ではないですよね。僕はその部分を問題視しています。
率直に悪い部分を言えば、とたんにマズいムードになります。スレッドの伸びもとたんに止まります。
だから皆、当たり障りのない賛辞に甘んじるというわけですね。
けど、そんなの見ていて参考にならないし、面白いのは仲間内だけでしょう。
コメントされたらコメントを返さなければならない、というブロガーの暗黙ルールにも疑問を感じます。
あと自分のいるヤフーブロガーにはどんどんコメントするくせに、他所のブログサービスには一切書かないという方も
いて、そんな部分にも妙な隔たり感を覚えてしまいます。
「あぁ、天体写真の本質とは無関係なところで一生懸命国境をこしらえてるなぁ…」と。
やねさんは、拝見している限りそれとは対極の位置にいらっしゃるような感じですね。
いや、悪い意味ではないです。独立心が強いというか、他人の依存や癒着なしに道を切り開けるタイプだなって思います。

やねさん、今後とも宜しくお願いします。

投稿: よっちゃん | 2013年6月29日 (土) 23時16分

よっちゃんさん、お返事ありがとうございます。
私のブログについてですが、以前とアドレスは同じで、お気に入りの方に見られるようにしているだけです。
興味のある人は見てください、そうでない人は見ないでね、というだけです。
ひとつはクラウドに不特定多数が触れる形でデーターを置きたくないというのがあります。
私は良く撮影に出かけていますが、そのたびに画像を出していたら反感買われてしまう・・・
あと、皆さん御杖村に集まりそうなときには、わざと他所にはずしています。光軸調整やるとき(反射は現地でかならず光軸調整をする)に煌々とライトボックスをつけますので。
というような理由で単独行動が多いのです。
また、御杖村あたりでご一緒することがあればよろしくお願いします。

投稿: やね | 2013年6月30日 (日) 01時35分

やねさん、再びコメントありがとうございます。
ブログ、見れましたね。
以前はリンク切れになっていたことがあったのですが、今後は拝見させて
頂きますね。
やねさんは御杖だけでなく、大台ケ原など紀伊半島の幅広い撮影地で活動
されてるんですね。大台ケ原はまだ一度も行った事がないのですが、あそこ
まで行けばかなり空は暗いのでしょう。晴天率が良くないと聞きますが、
透明度の良いときの夜空は素晴らしいのでしょうね。
光軸調整の際にライトボックスをつけるというのは、僕もたまにやりますよ。
車の中でやるのですが、それでも光はやっぱり漏れてしまいますね。
なので、光軸調整をやる可能性のある際は出来るだけ早めに現地着しておいて
備えるようにしています。
やねさんと御杖でお会い出来るのを楽しみにしています。

投稿: よっちゃん | 2013年6月30日 (日) 21時07分

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