« デジタル時代の自由について | トップページ | 中光害よりフラット »

2013年3月29日 (金)

「画像処理競争」の終焉

5〜6年前。いや、もっと前か。
旧ブログ「星の牧場」を立ち上げた2007年辺りぐらいからずっと何とかしてやりたかったこと。
それは、何か知らないが天体写真ってのは画像処理の良し悪しによって一方的に天体作品の優劣が決めつけられてしまう、というはがゆい実態でした。

その頃、画像処理の上手な一部のアマチュア勢は、周囲から「撮影が上手い」と言われるだけでなく、「神」とか「天才」とおかしな勘違いをされ、
その反面そのベテラン勢の処理プロセスがどのように成り立っているのかという実際を伺い知ることは出来ませんでした。

その背景として、画像処理という響き自体が今以上に不健康的なイメージで、星見の健全なイメージと対比した場合、公然と披露するにはどうしても抵抗があり憚られたというのも一因でしょう。
けど、それは建前。実際のところはそれらの技法を教えたくなかったというのが本音というか深層心理にあると思う。
天体写真という趣味は普及させたい、だけどその中でも自分はトップでいたい…という私欲が先立つというわけです。
そんな経緯もあり、2007年より僕が「星の牧場」というブログであれこれ書き出すようになるまで、決定打となる手法については触れられることはありませんでした。
僕はこのときから思っていました。
天体写真をもし公の場で優劣つけあうのであれば、自宅PCによる画像処理ではなく撮影本来でやり合うべきだろうと。
そのためには、これらの技法をまずは自分が全て習得しその暁には、あいまいな表現ではなく、明確な技術情報として世に暴露したい、とさえ願うようになりました。
アクションでもいいし、最近やっているムービー形式などはまさに直球です。
限られた少数だけしか居座ることが出来なかった場所を、何とか開け放ちたい。
つまり、ベテラン勢のお株を奪ってやりたいと思うようになったのです。
「自分は一番でいたい。だから基本は説いても実践はひた隠しにしておこう。」
…そんなベテラン勢の時代の幕を下ろしたいと願った2005年・06年・07年。
そして、今は2013年。
ベテランさんのお株は、とうに奪い取った。
僕だけじゃありません、結構多くの人がぞくぞくとです。
今や海外であれ国内であれ、どんな画像を見せられても撮影素材さえ同一ならそれをほぼ完全模倣することが可能です。素材が違うならもちろん無理です。処理での話ですよ。
所詮2次元のモニターやプリントに描画された256階調の集合体。
技術的に、「これは自分には表現出来ない」などというものは何もないと思う。
ただ、それをやるかやらないか?真似る真似ないか?っていうのは別問題です。
デジタルって正直。結局は0と1。
神がかりなものなど、どこにもないんです。
画像としてアップしている以上、それは僕にとって数値レシピを暴露しているのと同然です。つまり、隠すとか隠さないとか、そういうレベルの話ではなくなってきたのです。
そんな現在。
じゃあ、その後どうするか?
まずは、天体写真の処理でつまづく皆さんの出番です。
皆さんが僕に追いつかなければなりません。
こういう言い方すると、すごく上から目線と言われるでしょう、分かってます。
けど、謙虚に
「こう処理すると良いと思いますが、間違っていたらすみませんm(_ _)m」
と言えば角が立たないのでしょうが、そういうのは意向がボヤけるので嫌なんです。
たかだか画像処理が人より出来る、出来ないってレベルでの話なんですよ。
僕が他人より「特定の何らかの事柄についてのみ」多くを知り、そしてそれを発信する…ただ、それだけです。
たかがそんなことをいちいち謙譲するのもどうかと思っている、それだけです。
もう一度言いますが、僕の画像処理のテクニックに追いついて下さい。
具体的には、今後1年間で僕や一部のハイアマが発信するであろう画像処理ムービーその他のコンテンツを見て習得してほしいということですね。
僕の場合はおそらく、画像処理コンテンツだけで今年100回を楽に超えるでしょう。
僕としての本音はこうです。
あえて汚い口調で書きます。
「せっかく自身の技術を公開したんだ。だから、やるからには必ずそれを身につけてレベルアップしろ。」
中途半端に知識や技術をひけらかして、何となくフェードアウトさせる気はありません。やるからには、絶対に身につけて欲しいのです。
そして全体のレベルがもっと向上し、いわゆる「画像処理競争」の一時代の黒幕を皆で下ろしたいのです。
画像処理ジ・エンドですよ。
皆が平等の立ち位置となったとき、新たなステージ・新たな切磋琢磨が生まれるでしょうね。
僕は、ゆくゆく画像処理で皆に追い越されても、次なる土俵(きっと現場にある)で負けないように今のうちからビジョンを固めておきたいと思う。
何をすれば、より天体写真は楽しくなるのか。深まるのか。
考え出すと、胸が躍る。
そんな話が本格的に出来るのも、ムービーが全て完結してからでしょうか。
こうやって日々口汚く書き散らしながらも、案外1年・2年先のこの業界のシナリオを真面目に考えていたりもします。

|

« デジタル時代の自由について | トップページ | 中光害よりフラット »

画像処理」カテゴリの記事

コメント

やっぱり画像処理って難しいです。
対象によってアプローチも違いますし、筒でも変わりますよね。
前回M31ではうまくいっても、今回のM42ではうまく行かない…
その行ったり来たりを繰り返しながら少しでも上に行ければいいのですが、中々難しいんですよね~
よっちゃんさんのようなバシッと決まった写真をドカン!とアップできればみんな天体写真が楽しくて仕方ないでしょうが(笑)

良い空でガイドも追い込み完璧に捕らえた画像って、殆ど何もしなくても仕上がってしまいますよね。
そこで7割ほどは方向性が決まってしまうので、遠くても暗い空に出掛ける事が重要なんでしょうか。
あと3割僕には足りないようなので又色々アドバイス下さいね~

投稿: slo | 2013年3月29日 (金) 13時27分

sloさん、こんばんは。コメントを頂きありがとうございます。
そうですね。
もし各々が撮影した天体作品に誰かが優劣をつけるとすれば、それは画像処理の技云々ではなく、天体撮影の良し悪しで行うべきだと思うんです。
なので、天体画像処理は最低限度のたしなみとして知ってもらい、その後は撮影現場での取り組みを切磋琢磨し合うのがこの業界の良い形だなって
思っています。ですが、数年前はこれらの最低限度のたしなみですら情報が落ちていませんでしたから、高額機材を買ったはいいが路頭に迷って
結局日の目を見ないままお蔵入りって方が多かったように思います。これらを何とか出来たらと思いますね。

天体機材を持っている人は多いと思うんですよ、ただ撮影→処理→プリント完成までたどり着ける人って、その中のほんの一握りじゃないでしょうか。
この現状は嘆かわしいものです。完成にたどり着けない趣味への投資額としては、あまりにも高額すぎるからです。

投稿: よっちゃん | 2013年3月31日 (日) 22時14分

>完成にたどり着けない趣味への投資
ある程度は絵にしたいですから、そこそこの投資はするわけです。
PCの使い方がネックになっている方が相当数いらっしゃいますね。
PCっていうだけで苦手な方もいらっしゃいます。でも撮影地で見る元画像は皆さんそこそこのものが
撮影できているので、ぜひとも覚えてもらいたいですね。
趣味人口が少ないので、ブログ上で意見がうかがえる今が貴重ですよ。
face to faceで教えられれば一番いいんですけどね。

投稿: ビスタ | 2013年4月22日 (月) 22時07分

ビスタさん

こんばんは、コメントありがとうございます。
そう、僕もやってて思います。
どうして、天体写真の画像処理ってこんなにプロセスが多く難しいのだろうって。
銀塩ポジの写りは、現在のCCDやデジカメのような派手さもシャープさもないですが、原版勝負という土俵がありましたね。
ああいう方向性って、ないものでしょうかね。
天体撮影はしたい、天体プリントも得たい、けど画像処理はいやだ! よく分かります。
そんな人たちのための、救済措置ってないものでしょうかね。
PCに向かって画像処理をしなけりゃ、この趣味楽しめないのかなって。
K-ASTECさんや三基さんあたりで、画像処理サービスやってくれないかな。
そしたら、それこそ撮影だけに専念出来ますね(笑)

僕は、内心ほとほとこの画像処理で背比べをする現状に嫌気が差してるんですよね。
いや、こんなこと、画像処理講座をやってる僕の口から言っても信じてもらえないかもしれませんが。
もちろん、画像処理やってて自画自賛というか有頂天になる瞬間もあります。
けど、それはかりそめのものなんですよね。
あぁ、こんな競争してても長続きしないし、面白くないなって。
そういう気持ちが、僕の中に潜在的にありますね。
分かって頂けるでしょうか。

ところでビスタさんの最近の作品群には圧倒されます。
こういう方向性で、どんどん天体写真入門者の裾野を広げていって頂ければと願います。

投稿: よっちゃん | 2013年4月22日 (月) 22時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1783984/50999761

この記事へのトラックバック一覧です: 「画像処理競争」の終焉:

« デジタル時代の自由について | トップページ | 中光害よりフラット »