« ピークとバラツキの除去思想について | トップページ | ε180EDの主鏡・セルの改造について »

2013年3月 7日 (木)

「技術」についてアツく語る。

本日も音声のみの「語り」です。

「技術」ってどういうものか?ってことをアツく語っています。
是非、聞いて下さい。














|

« ピークとバラツキの除去思想について | トップページ | ε180EDの主鏡・セルの改造について »

画像処理」カテゴリの記事

コメント

よっちゃんさんこんばんは。いつも有益な情報、経験を惜しげもなく公開していただきほんとうにありがとうございます。動画のものももちろん視覚的に分かりやすいのですが、実はわたくし、この手の語りのものも大好きです。syoshi-さんとのトークもそうですし、ソロ語りのものもです。映像がない分、落ち着きながら、想像しながら聞くことができます。寝る前のスマホでかけっぱなしで聞くといいですねぇ。

よっちゃんさんの考え方というか思想というか、そうしたものは大変参考になりますし、同意できる部分が多々あります。今回のトークでも、技術やテクニックで自分の考えや作品素材自体のよさを消してしまうというところ、そして前にもありました「いかに自分の固定観念のようなものを処理行為に持ち込まないか」ということも、なるほどなと思いながら聞いています。

私自身、これまで「この対象はフォトコンでもこういう色合いで出ているから、それに近づけるように処理しようかな」と思って画像処理し、なんだかどつぼにはまったこともあります。まねをすることは何事でも必要なことでしょうが、もう一皮向けてもう一歩ふみこんだとき、派手さや見栄えではなくて「ナチュラル美」に魅力を感じてくるようになってきます。ギンギンに処理したり星の色をつぶしてまで淡い部分を出すのではなく、「星を美しく表現しようと思って処理したら、結果的にバックグラウンドに潜む淡い星雲もほんのり美しく出てくる」みたいなのが一番目に優しく、美しく、そして結果的にインパクトを感じることができます。

またこうした思想に基づいて、よい素材を得て的確な処理をしていけば、今まで星雲ばかりに行っていた目が、今度は「どうやって星が砂粒のようにきらめく領域を美しくプリントしようかな」なんて気持ちにもなってきますね。結果的に撮影の幅というか、レパートリーが増えてくることでしょう。まさに星が美しいからこそ、私自身よっちゃんさんの数々の写真に「天体写真美」を感じ、魅力的に思うことができます。

技術は天才がうまれ持っているものか、あるいは訓練を積み重ねて得るかのいずれかというのは、天体写真に限らずいろいろな世界でいえることですね。スポーツだって勉強だって仕事だって、だいたい当てはまります。私が目指せるのはやはり後者でしょうから、考えを持ちながらこなして、スキルを積み重ねたいものだと思います。

早くML16000こないかなと待ち遠しくなってしまいます。

投稿: 松林@青森 | 2013年3月12日 (火) 21時32分

松林さん、こんばんは。コメントを頂きありがとうございます。
実は最近、ブログ用に写真撮影するのが億劫になってしまって(笑)
松林さんもそうかとは思うのですが、喋り慣れてしまうと、こちらの方が圧倒的に短時間で自分の表現意図を伝えることが出来ますね。
名称などもキータイプせずに、「コレ」と指をさせば済んでしまうわけですし。
ただ、動画には難点もあって、この方法だと訪問者全てにアピールすることは困難となりますね。
どうしてもその方が見る意識(面倒臭さ)や見たくても音や映像を再生出来ない環境にあったり。
なので、今後は使い分けが出来ればいいなと思っています。
ただ、ココ一番の詳細説明・解説を要する際は、やっぱり動画が一番手っ取り早いし確実に伝わるなって思います。
決して文章を書くのが嫌いなわけではないのですが、最近は映像や音声の方で逃げてしまいがちになっているというわけです(笑)

フォトコンは反射原稿を二次的に印刷した結果なので、どうしても見栄え的に原版プリントに劣ってしまいますよね。
特に天文ガイドはそれが顕著で、そういった事情を何も知らない方が見ると「え?こんな写真でも掲載されるの?」って思ってしまったりするかもしれません。
本当はプリントは綺麗なのでしょうね、だけどどうしても雑誌でそれが劣化してしまいます。
けど、仮に入選したブロガーがそれについて何か言い訳を綴ったときはどうでしょう。
「今月は送っていない」とか、「プリントと全然違う」とか…、入選者・落選者には言いたいことがあるのが人情だとは思います。
けど、それは僕的にはフェアーじゃないなって思うのですよね。

だって、ブログを開設していない入選者は、「これは印刷結果が悪いのであって、自分の作品プリントが悪いわけではない。」と言う場すらないですからね。
人の心理としては、他人の作品の劣化には目を向けなくとも自分の作品に対しては敏感になるものでしょう。
なので、掲載が悪いとどうしても何かしら言い訳をしたくなります。
「他の掲載作品は綺麗だ。だけど、自分の掲載作品だけはおかしい。本当はこんなんじゃない。」…って、咽から出掛かっているのを抑制しつつ、それはいかん
と別の表現でお茶を濁したりもするのでしょう。

あと、フォトコンで誰かを祝ったり、記事で「Aさん、Bさん、おめでとうございます!」って書くと、「え?じゃあ僕は?」っていうCさんが何処かにいるでしょう。
そういう何と言うか…、天体写真の本質とは無関係なしがらみのようなものから脱却したいというのがあって、出来る限りフォトコンについては書かないように
努めています。だって、そういった着飾りって天体写真の実力とは本当に関係ないですからね。

けど、そんな僕ですら、人から「メジャー対象ばかり撮っては入選させ、初心者がかわいそうだ。」みたいなことを影で妬んで仄めかされることがあります。
今の僕にとって、フォトコンは自分の天体写真活動の片隅のイベントに過ぎなくなりました。
昔は「今月は送る対象がなくなってしまうので、無理やりでも遠征して何とか1作品!いや、出来れば2誌向けに2作品!」…って自分を追い込んでいた時期もありました。
けど、そういうのって長く続かないんですよね。
僕は何も、フォトコンに投稿する画像を得るために天体写真をはじめたわけじゃないと。
本当にそれが渾身の作ならば、それがたとえ1回/年のペースであっても許容できるなという気持ちがありますね。

そういう意味では、正月の記事で言ったことが、僕のもっとも直近の考え方かもしれません。
とにかく、少しでも真実のようなものを見たい・掴みたい…と。
ネット付きあいの度が過ぎると、どうしてもそこら辺がボヤっとしてしまいがちなんです。

ブログで大勢と接することで色々と見聞が深まることは確かですが、度が過ぎると、天体写真ではなく単なるブロガーに成り下がってしまいそうです。
けど、こんな意固地な気質を容認し、気兼ねなくコメントを頂ける松林さんやSloさんのような方は、本当に感謝です。
少なくても良いので、互いに真実をデフォーカスせずこの趣味と向き合っていける仲間がいれば嬉しいですよ。

何だか脱線しまくりの返信となりましたが、今後もよろしくお願いします。
ML16000、予定より早く到着すると良いですね。
僕も今は言えないのですが、松林さん同様、待ちの期間です。

投稿: よっちゃん | 2013年3月12日 (火) 23時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1783984/50644676

この記事へのトラックバック一覧です: 「技術」についてアツく語る。:

« ピークとバラツキの除去思想について | トップページ | ε180EDの主鏡・セルの改造について »